映画「おくりびと」を観ての短い感想
納棺士の仕事を「普通ではない仕事」と言われた主人公は、死は誰にも訪れ「普通」のことだと語る。つまり「普通」の出来事を取り扱う仕事は「普通」の仕事だと言うわけだ。
個々の死には一般性と特殊性の両面があると僕には思える。納棺師は死を一般として取り扱う(扱わざるを得ない)。主人公が「普通」と語るのはある意味その立場からだと思う。それに対し死を看取る側(遺族)は死を固有なものとする。この人の死は全く見知らぬ人の死とは全く違う。死が人間にとって普通の出来事だとしても、私の愛する人の死は普通ではないのだ。
納棺師の立ち振る舞いが一つの様式を持つのは死の一般性に対応しているかのようである。遺族はその様式に加わることで、死に一般性も備わっていることを認めざるを得ないのだ、と思う。
逆に主人公が死を普通(一般性)の出来事から、普通でない(特殊性)出来事になるのは、彼が父の死に遭遇することによってだった。見知らぬ一人の男性から父と認めることへの変化は、納棺士から遺族への変化だった。
父であると認めることは、父のことを理解したこととは全く違う。しかしそれでも、主人公にとって、そしてこの映画にとっても、これ以上ないハッピーエンドであることは間違いないと思える。
苦しいところから始まって、苦しさからつらさになって、つらさを超えたら心の痛みになった。最後は笑顔になれた。最後の打席では神が降りてきましたね。自分(の心の中)で実況しながら打席に入った。一つ壁を越えた。(イチロー2009年WCB優勝インタビュー)
ドラマスペシャル「黒部の太陽」
フジテレビのドラマスペシャル「黒部の太陽」を二日続けて観た。そうそうたる役者たち、しっかりとした脚本。これで面白くないはずはない。 前編後編とも2時間半という長時間だが、その長さを感じることはなかった。
社会性を帯びたドラマを見るたびに、何故今このドラマを、と思うのは私の悪い癖だろう。実際にはそれほど深い意味などあるわけではないのだ。ただ、「黒部の太陽」を見て、これは不況下で元気のない社会に向けられた応援歌に近いのではないだろうか、などと偉そうに思ってしまった。それほどに「黒部の太陽」に登場する人々は熱かった。
この熱さはひとえにその時代性にある、などと一定の距離を置こうとするが、それはそれで誤っているのもわかる。なぜなら、昭和30年の難工事を描こうが、そのドラマを制作したのは今であるのはあきらかなのだ。
昭和の難工事を今の視点で描く。ゆえにその熱さを持続させるために、ドラマでは何度も仕事への意義が語られることになる。これもまた、主人公である香取真吾が語る、「これが俺の仕事なんだ」という一言に、これもまた今的だろう、集約されていくことになる。 逆に言えば、日本の電力事情、国家のため、などという意義はもはや現代では通用せず、あるのは自分の仕事と仲間のため、ということしかないのだということなのかもしれない。
見合わせ桜
「江戸の昔には〈見合わせ桜〉という言葉があったという。鶴ヶ谷真一 さんの随筆集「月光に書を読む」(平凡社)を読んでいて教えられた。 遠方の桜の開花を知るために、江戸人はそれと開花期を同じくする近く の桜を見定め、これを〈見合わせ桜〉と呼んだという。」
(2009年3月20日01時44分 読売新聞)
「見合わせ桜」が死語となっていった時期は、日本の殆どの桜がソメイ ヨシノへと淘汰されていった流れに重なる。江戸人にとって花見の期間 は約一ヶ月であった。ソメイヨシノ以外の多くの種類の桜が身近に咲く からこそ「見合わせ桜」が成り立つのだと思う。
一つの言葉が失われるとき、失ったのは「言葉」だけではない、と僕は 思う。ただ、失われた以上、その失ったものを洗い出すのは不可能でも ある。ゆえに、逆に「失われなかった」ものも同様にわからない、とい うことだろう。ただかつて「見合わせ桜」なる言葉があった、というこ とだけなのだ。 記号としてみれば、指向性なき記号。それはあてもなくただ浮遊する。 掴まえるためには、現在の私たちの「思い」で織られた紐で結びつける ほかはない。
江戸の昔には〈見合わせ桜〉という言葉があったという。鶴ヶ谷真一さんの随筆集「月光に書を読む」(平凡社)を読んでいて教えられた◆遠方の桜の開花を知るために、江戸人はそれと開花期を同じくする近くの桜を見定め、これを〈見合わせ桜〉と呼んだという。
– 編集手帳(2009年3月20日01時44分 読売新聞)ネット上では、僕が英語で行ったスピーチを、いろんな人が自分なりの日本語に訳してくれたようです。翻訳という作業を通じて、みんな僕の伝えたかったことを引き取って考えてくれたのは、嬉しいことでした。
一方で、ネット空間にはびこる正論原理主義を怖いと思うのは、ひとつには僕が1960年代の学生運動を知っているからです。おおまかに言えば、純粋な理屈を強い言葉で言い立て、大上段に論理を振りかざす人間が技術的に勝ち残り、自分の言葉で誠実に語ろうとする人々が、日和見主義と糾弾されて排除されていった。その結果学生運動はどんどん痩せ細って教条的になり、それが連合赤軍事件に行き着いてしまったのです。そういうのを二度と繰り返してはならない。
ベトナム反戦運動や学生運動は、もともと強い理想主義から発したものでした。それが世界的な規模で広まり、盛り上がった。それはほんの短い間だけど、世界を大きく変えてしまいそうに見えました。でも僕らの世代の大多数は、運動に挫折したとたんわりにあっさり理想を捨て、生き方を転換して企業戦士として働き、日本経済の発展に力強く貢献した。そしてその結果、バブルをつくって弾けさせ、喪われた十年をもたらしました。そういう意味では日本の戦後史に対して、我々はいわば集合的な責任を負っているとも言える。
今年の初めに、香港でIRGのメンバーである友人とデジタルデバイドの議論をした。
その時、彼女が言ったことが非常に大きな啓示となった。
よくコンピューターリテラシーとかITリテラシーとかいった言葉を聞く。コンピューターの操作の仕方が分からない、インターネットへのアクセスの方法が分からない、といったことが、情報化時代において新たな差別を生むのではないか、ということだ。
しかし、IT技術が本来目指すべきことは、ユーザーに対してIT技術のリテラシーを求めることではなく、誰もが簡単に使えるような技術を開発した上で、本来の意味でのリテラシーを高めるために役立つことではないか。
一言で述べれば、
「ITのためのリテラシーではなく、リテラシーのためのIT」
ということになる。
http://www.kobysh.com/tlk/standardization/200103-Unesco.html
「行動や態度で察してください。調子はいいとも駄目とも答えられないんだから、それを聞くのはルール違反」
(イチロー、WBC韓国戦の3安打で復調宣言を期待した記者会見にて)
同国軍のパレスチナ自治区ガザ攻撃で約1300人の死者が出た直後だけに、受賞辞退を求める声も出ていたが、村上さんは受賞スピーチで「作家は自分の目で見たことしか信じない。私は非関与やだんまりを決め込むより、ここに来て、見て、語ることを選んだ」と述べた。
– エルサレム賞の村上春樹さん「ここに来ること選んだ」 : 文化 : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)