Amehare's tumblr

イチローの話 一つの節目であることは違いないですが、たどり着いたという感覚はあまりない。(米国は)試合数が多いので、日本で打つよりも楽だと思いますけど。日本で2千本を打つ方が、ずっとすごいんじゃないかな、と思う。この記録が、偉大かどうかは人が決めること。偉大な記録と言ってくれるなら、うれしいですが、謹んでお受けいたします、という感じはないですよね。

asahi.com(朝日新聞社):イチロー、大リーグ2000本安打達成 - スポーツ

さっき私の頭に虫がとまっていました
手鏡でも見えない位置に。
何気なく頭に手をやったら髪飾りじゃない固いものがついてた。
割とでかい。
ひぃやぁぁぁ!って中腰になって恐る恐る手ではらってみたけど剥がれなかった。
ゴキブリだったらどうしようという不安にかられて写メって確認出来ないかと頑張った。
うまくとれなかった。
何度か繰り返したらビビビビビッて羽音を残して飛び去った。
フラッシュ攻撃に怯んだのか近くを通ったバイクにビビったのか。
まあそんな事はどうでもいい。

結局私はそいつの正体を確かめられなかったのです。
そこが問題なのです。
しかし私にはシュレディンガーのなんたらという強い味方がいます。
そう観測するまで不確定なのです。
だからあれはゴキブリではありませんでした。
そして同時にゴキブリでもありました。

ん?

いえ、だからあれはUMAです。
未確認動物だからUMA。
正体が定かじゃないのならむしろ存在すら定かじゃないと思いませんか。
何せUMAの存在を証言しているのは指先だけなんですから。
本当にくっついていたかどうか怪しいものです。
つまり真実はこうです。

「私の頭には何の異変もなかった」

毛先かなんかがクシャッとしたのを指先が勘違いして一人で騒いでいただけ。
そう考えるのが1番スマートと言えます。

私の頭に虫がとまっていました 続・妄想的日常



emixyz:

Take me to the kittens!!!! (via Capannelle)

パキスタン人青年の手記

 ぼくの名前はウスマン・ファーマン、今年の5月にベントレー大経済学部を卒業した者です。21歳で、十月には22になります。ぼくはパキスタン出身で、イスラム教徒です。2001年の9月10日まで、ワールドトレードセンターの七番ビルで働いていました。ちょうど反対側にある一番ビルで働いている知り合いや友達もいます。何人かは逃げ出すことができて、何人かはまだ行方が分かっていません。ぼくはこの恐ろしい事件をなんとか生き延びました。

 ぼくらがまだ一緒にやっていけるように願って、あのひどい日に、いまだに規模さえ分かっていない悲劇の最中に、ぼくが経験したことをみなさんと分かち合いたいと思っています。ぼくが知ったのは、ぼくたちが誰であっても、どこの出身でも、ぼくらはただ互いに受け入れ合っているんだということです。

 ぼくは毎朝ニュージャージーから電車で通勤しています。というか、そうしていました。今でも何が起きたのか信じられないでいます。あの朝、ぼくは目を覚ましてベッドから抜け出し、電車に乗り遅れるんじゃないかとやきもきしながら、ぎりぎりの一本に乗り込みました。なんとかして仕事に間に合うようにしなきゃとひたすら自分に言い聞かせていたのを覚えています。どうにか7時48分の電車に乗って、ホーボーケンに8時20分に到着しました。着いてみると何か食べようと思い立ちましたが、我慢してPATH(訳注:Port Authorityの経営するNew Jersey州とManhattan間の通勤列車線)に乗ってワールドトレードセンターに向かいました。ワールドトレードに着いたのは8時40分でした。七番ビルのロビーに入ったのが8時45分、そのとき最初の飛行機が激突しました。

 もしもっと後の電車に乗っていたり、何か食べたりしていたら、5分遅れて横断歩道を歩いていたかもしれません。もしそうだったら、炎や破片の雨に降られて、ここでこうしてみなさんに語りかけていることもなかったでしょう。死んでいたかもしれません。

 ロビーにいて最初の爆発音を聞きましたが、よく分かりませんでした。外では工事も行われていましたし、足場が落ちたのかなと思ったのです。エレベーターに乗って27階のオフィスに昇りました。中に入ると、そこは空っぽでした。警報も鳴っておらず、スプリンクラーも作動せず、何もなかったのです。ぼくたちのオフィス、あるいは働いていたオフィスは、七番ビルの南側にありました。ぼくたちは北ビルと南ビルのすぐそばに、文字通り石を投げたら北ビルに届くくらいのところにいたのです。

 携帯電話が鳴って母と話し、生きているよと伝えると、まさにそのとき番目のビルの爆発が起こるのが見えました。ボストンにいる友達に電話して、彼女を起こしてみんなにぼくは無事で、今から逃げると伝えてくれと頼みました。もう一度下を見下ろし、いつも昼を食べていた広場と噴水を見ると、煙を上げる残骸で埋まっていました。どうやらぼくがこのビルに残った最後の一人らしく、エレベーターでぼくが昇って来るときには同僚はみんな階段で下に降りていたようです。避難するときには混乱はありませんでした。みんな落ち着いて互いに助け合っていたのです。妊娠中の女性が階段で下まで運ばれていました。

 ぼくが見たもっとひどい詳細については割愛します。誰もそんな光景を目にする義務はないし、描写するのは人間の品位を越えています。これからの一生ずっとぼくにつきまとうだろうし、ぼくの心はあの事件で命を失った人たちみんなと、事件の痛ましい記憶と共に生き延びた人たちに向けられているのです。ぼくの知り合いがビルから逃げられたのは、千人もの人たちが煙から逃れる道を見つけようと人の鎖を作ったからに過ぎません。あの日はみんながヒーローでした。

 ぼくたちは七番ビルの北側に避難しました。建物からはまだ1ブロックから離れていません。警備の人たちは北に行け、振り返るなと言っていました。5ブロックほど進んで振り返って見てみました。何千人もの人たちが驚愕しながら見つめる中、最初のビルが倒壊しました。そんなことが起きるなんて誰も信じられませんでしたし、今でも超現実的で想像も出来ません。次に覚えているのは、五階くらいの高さのガラスと瓦礫の真っ黒な雲がこちらに転がるように向かってきたことです。ぼくは振り返って大急ぎで逃げました。昨日までどうして自分がこんなに悲しんでいるのか分からなかったけれど、それは逃げる途中で転んでしまったからです。次に起きたことが、ぼくにここに来てこのスピーチをさせたのです。

 ぼくは仰向けに転がって、この巨大な雲が近付いてくるのを見ていました。六百フィートくらい離れていたでしょうか、もう辺りはすっかり暗くなっていました。ぼくは普段から首にアラビア語で安全のためのお祈りが書かれたペンダントをかけています。ちょうど十字架のようなものです。するとハシディズム派のユダヤ人が近付いてきて、ペンダントを手に取って見たのです。彼はアラビア語で書かれた言葉を声に出して読み上げました。次に起きたことは忘れません。強いブルックリン訛りで彼は言いました。「兄弟、嫌じゃなかったら、ガラスの雲が近付いているから、俺の手を取りなよ、ここからずらかろう」彼はぼくが起きるのを手伝って、それからぼくたちはまるで永遠に思えるほどの時間をずっと振り返らずに走り続けました。まさか彼のような人がぼくを助けてくれるとは思いませんでした。彼がいなければ、ぼくはきっとガラスと瓦礫の雲に飲まれていたでしょう。

 ようやく20ブロックほど離れたところでぼくは立ち止まり、二番目のタワーが崩落するのをぞっとしながら眺めました。タワーの下の通りに逃げ出した人がいるんだと気付いたときには恐怖を覚えました。上にも書いたように、あのビルが崩落するなんて誰も思わなかったのです。ショックと信じられないという気持ちのまま、ぼくたちはミッドタウンまで徒歩で行きました。三番街と47番通りの交差点にある姉のオフィスまで三時間かかりました。いくつかの通りは完全に見捨てられ、完全に静かで、車もなく、何もなく・・・ただ遠くでむせぶようにサイレンが鳴るだけでした。
 ぼくはなんとか家に電話して大丈夫だと伝え、ぼくの安否を気遣う同僚と友達に連絡を取りました。

 ぼくたちはなんとかニュージャージーに車で行くことができました。ジョージ・ワシントン橋を渡るときに振り返ると、タワーは見えませんでした。あれは現実のことだったのです。

 世界があの悲劇からまき直しを図るにつれ、道端にいる人たちも激しく非難するようになりました。ぼくの家からそう遠くない所で、あるパキスタン人の女性が身の回りの品々を車に積もうと駐車場を横切っていたところを故意に車で轢かれました。彼女の唯一の過ち(?)は頭を覆ってぼくの故郷の伝統的な衣装を身に纏っていたことだけなのです。コミュニティにいる家族の無事が心配になります。ぼくの姉は今では怖がって通勤に地下鉄に乗れません。ぼくの八歳になる妹の学校はロックダウンされて武装した警官に見張られています。

 暴力は暴力しか生まず、恐怖と憎しみにかられて互いを襲撃し合っても、この惨劇を引き起こした名無しの卑怯者と少しも違わないのです。もしぼくを助け起こしてくれたあの男性がいなければ、今頃ぼくはきっと病院にいたかもしれないし、そうじゃなければ死んでいたかもしれません。助けはいちばん期待していなかったところからやって来て、その結果、ぼくたちは人種や宗教、民族に関係なく、みんなここに一緒にいるんだということをただ教えてくれたのです。これこそがこの国の基礎になっている主義というものです。

 どうか少しの間でも、あなたの周りの人たちを見てください。友だちや見知らぬ人たち、この危機の時にあれば、誰でも助けが必要なときには身近にいる人に助けてもらいたいはずです。ぼくを助けてくれたのは普段は話し掛けてさえくれないだろうと思っていた人でした。今こそニューヨークやワシントンにいる人たちのために何が出来るか自分の胸に聞いてみてください。献血をするのもいいですし、衣服や食べ物、お金を送るのもいいでしょう。亡くなった消防士たちや警察官、救急隊の人たちの家族を助けるための基金も設立されています。いちばん役に立たないのは、ぼくたちが互いに攻撃し合うことで、それこそが連中の思うつぼなのであって、ここにいる人たちは誰もそんなことは望んではいないのです。

 ぼくの名前はウスマン・ファーマン、ベントレー大経済学部を去年の五月に卒業しました。21歳で、十月には22になります。ぼくはパキスタン人でイスラム教徒であり、そしてぼくもまたこのひどい悲劇の犠牲者なのです。今度みなさんが怒りを覚え、自分なりに仕返ししてやろうと思ったときには、どうかこの言葉を思い出してください。
「兄弟、嫌じゃなかったら、ガラスの雲が近付いているから、俺の手を取りなよ、ここからずらかろう」

*raisehigh* log [jp] (via nakano) (via nakanohajime) (via nakano) (via mayoneco) (via snamn) Via nullpo!->Ga!

ある日爺ちゃんとテレビを見ながら飯を食っていると世界不思議発見だか何だかで ラバウルが紹介されたんだ。
でレポーターが現地の案内の人のおっさんに話しかけてると突然爺ちゃんが 「あいつ!○○だ!○○だ!」と叫び出した。
ついにボケたかと思ったがテロップに本当にその名前が出た。
ビックリして爺ちゃんに詳しい話を聞くと、戦時中はラバウルにいてそのテレビに出てた当時は 子供のおっさんに日本語を教えたり遊んだりしてたらしい。
そしてテレビでおっさんが当時の事を話した。
おっさん「私が病気にかかって高熱に苦しんでいると日本兵が当時貴重だった薬をくれた」
爺ちゃん「俺だ!俺だ!それ俺だ!俺!俺の事だ!」 とてもうるさい。
いい話でこれで爺ちゃんがテレビに出るんじゃないとか思ってたが
爺ちゃん「あれ薬じゃなくて歯磨き粉だったんだわ、あいつ馬鹿で信じてやがるwwww」
俺は誰にも言わないでおこうと決めた。

ラバウル 続・妄想的日常 (via candyrock) (via jinon) (via sukoyaka) (via plasticdreams)
2008-05-17 (via gkojay) (via hazime1373) (via nicetacks) (via ittm) (via kazz7) (via mxcxrxjapan) (via hsmt) (via appbank) (via nashiko) (via snamn)
Via nullpo!->Ga!

ちょっと聞いてくださいよ。この間理科の実験してたんですよ。
人間の細胞を見るとかで、ほおの裏側を綿棒でとってプレパラートでこすりつけて顕微鏡で見てたんですよ。
で、うちのクラスの女子が、
「あ~、私の細胞になにかうごいてるのがある~」
とかいってて、みてみると細胞の間をなにか細長い物体がくねくね動いてるんですよ。
もうクラス全体がちょっとした騒ぎになってたんだけど、先生が、
「これは精子ですね」
とかなんとか言っちゃったんですよ。
その瞬間教室内が静まり返って、午前中でその女子は早退しますた。

くねくねくねくね動いてるんですよ:アルファルファモザイク (via plasticdreams) (via fukumatsu) (via yaruo) (via rogu) (via snamn) Via nullpo!->Ga!


10年前、私もキャバクラで働いていた。そしてその店にも当然のようにキャバクラ独自の「メチャクチャ高額な罰金」システムがあった。それは「遅刻一時間5000円」「無断欠勤1万5000円」「当日欠勤(カゼひいて休むとか)1万円」というものだった。で、キャバクラで働く女の子の多くは、こういった「罰金」が違法行為だということなど知らない。よって堂々と罰金が給料から引かれ、一緒に働いていた女の子(遅刻、無断欠勤の常習犯ではあった)なんかはなんと給料が「マイナス」になるという転倒まで起きていた。それから10年。結局、この10年の間、誰もそのシステムを正面切って批判してこなかったからこそ(労組加入という形でなく、個人的に文句を言った子は多いと思われる)、罰金の額は10年で5倍にまで跳ね上がっていたのだ。  で、フリーター労組のX氏に聞いたところ、この「罰金」というのは、労働基準法によってその上限が決められているのだという。上限は日給の50%。月給の10%。しかも罰金を取るのであればそのことはちゃんと就業規則に明記しておかなければならず、その就業規則もちゃんと監督署とかに届けておかなくてはいけないという。全国に一体どれほどのキャバクラがあるのか見当もつかないが、私は「就業規則のあるキャバクラ」など見たことも聞いたこともない。そうして今日この瞬間も、全国のキャバクラで違法な罰金取り立てが行われているのである。
 さて、こんな違法だらけのキャバクラだが、問題なのは、世間の多くの人が「でも、どうせキャバクラでしょ? 」という形でスルーしてしまうことだ。そしてそこで働く多くの女の子たちも、「仕方ない」と諦めてしまう。が、今回、一人の女の子が立ち上がったのだ。
 そうして彼女はフリーター労組に加入し、団体交渉を進めてきた。が、店側は誠実な対応をしなかったという。よって、フリーター労組は労働委員会に不当労働行為の救済申し立てをし、その日の夜、団体交渉申入書を携えてみんなでキャバクラに向かったのだ。
 この日、会ったこともない女の子の応援のために集まった組合員は30人ほど。みんなそれぞれ忙しい中、立ち上がった「誰か」のために駆け付けた。そうして打ち合わせののち、午後9時半過ぎ、私たちは営業中のキャバクラに「突入」!! お客さんとキャバ嬢が盛り上がるきらびやかな店に、突然場違いな貧乏人集団が乱入し、組合の若者が「団体交渉申入書」を読み上げる。騒然とする店内。ビビるセクハラ店長。そして当事者の女の子は突然店の真ん中に走っていったかと思うと、「セクハラするな!」「給料払え!」と大演説をブチかまし始めた。その姿は、異様にカッコよかった。なんだか泣きそうになった。セクハラ加害者の店長がいる前で、そして同僚の女の子やお客さんがいる中で彼女が全身で怒りを表明する姿は何か神々しくて、だけど、どれほど勇気がいることだろう、と思った。

雨宮処凛がゆく!│第113回│マガジン9条 (via synr) (via sabotenbrother) (via do-nothing) (via skashu) (via kuwataro) (via rogu) (via snamn) Via nullpo!->Ga!

syoichi:

bibendumiwa:

kyocorin:

kawajun:

cokeraita:

nemoi:

flyingtadpole:

d-d-d:

do-nothing:

tatsukii:

どの国がたくさん二酸化炭素を出しているかがひとめで分かる図:Garbagenews.com

「すでに中国は2007年までにアメリカを抜き、世界最大の二酸化炭素排出量を持つ国になったという報道がある」(本文より)

日本が仮に25%減らすとオーストラリア1国分くらいになるわけね。ふむふむ。

ただ、仮に自国内で完結している排出量と輸出に関わる排出量ってのが計算できると、最終消費地毎に積算した延べ排出量みたいなのが出るんだろうけど、そうするとアメリカも日本もそれなりに自国経済のために他国で排出させているみたいな議論になるのだろうか。逆にそう考えると、ある程度先進国への輸出で喰っている開発途上国の数字の解釈も変わってくるかもしれない。でも、対地の話までは口出しできないし、すると大変なことになるんだろうな。南北問題の根本に関わるし。

でも、そもそもこれって地球全体の話だから、ひょっとしたらグロスとネットをそういう視点でみるのも面白い?


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