見合わせ桜
「江戸の昔には〈見合わせ桜〉という言葉があったという。鶴ヶ谷真一 さんの随筆集「月光に書を読む」(平凡社)を読んでいて教えられた。 遠方の桜の開花を知るために、江戸人はそれと開花期を同じくする近く の桜を見定め、これを〈見合わせ桜〉と呼んだという。」
(2009年3月20日01時44分 読売新聞)
「見合わせ桜」が死語となっていった時期は、日本の殆どの桜がソメイ ヨシノへと淘汰されていった流れに重なる。江戸人にとって花見の期間 は約一ヶ月であった。ソメイヨシノ以外の多くの種類の桜が身近に咲く からこそ「見合わせ桜」が成り立つのだと思う。
一つの言葉が失われるとき、失ったのは「言葉」だけではない、と僕は 思う。ただ、失われた以上、その失ったものを洗い出すのは不可能でも ある。ゆえに、逆に「失われなかった」ものも同様にわからない、とい うことだろう。ただかつて「見合わせ桜」なる言葉があった、というこ とだけなのだ。 記号としてみれば、指向性なき記号。それはあてもなくただ浮遊する。 掴まえるためには、現在の私たちの「思い」で織られた紐で結びつける ほかはない。
江戸の昔には〈見合わせ桜〉という言葉があったという。鶴ヶ谷真一さんの随筆集「月光に書を読む」(平凡社)を読んでいて教えられた◆遠方の桜の開花を知るために、江戸人はそれと開花期を同じくする近くの桜を見定め、これを〈見合わせ桜〉と呼んだという。
– 編集手帳(2009年3月20日01時44分 読売新聞)ネット上では、僕が英語で行ったスピーチを、いろんな人が自分なりの日本語に訳してくれたようです。翻訳という作業を通じて、みんな僕の伝えたかったことを引き取って考えてくれたのは、嬉しいことでした。
一方で、ネット空間にはびこる正論原理主義を怖いと思うのは、ひとつには僕が1960年代の学生運動を知っているからです。おおまかに言えば、純粋な理屈を強い言葉で言い立て、大上段に論理を振りかざす人間が技術的に勝ち残り、自分の言葉で誠実に語ろうとする人々が、日和見主義と糾弾されて排除されていった。その結果学生運動はどんどん痩せ細って教条的になり、それが連合赤軍事件に行き着いてしまったのです。そういうのを二度と繰り返してはならない。
ベトナム反戦運動や学生運動は、もともと強い理想主義から発したものでした。それが世界的な規模で広まり、盛り上がった。それはほんの短い間だけど、世界を大きく変えてしまいそうに見えました。でも僕らの世代の大多数は、運動に挫折したとたんわりにあっさり理想を捨て、生き方を転換して企業戦士として働き、日本経済の発展に力強く貢献した。そしてその結果、バブルをつくって弾けさせ、喪われた十年をもたらしました。そういう意味では日本の戦後史に対して、我々はいわば集合的な責任を負っているとも言える。
今年の初めに、香港でIRGのメンバーである友人とデジタルデバイドの議論をした。
その時、彼女が言ったことが非常に大きな啓示となった。
よくコンピューターリテラシーとかITリテラシーとかいった言葉を聞く。コンピューターの操作の仕方が分からない、インターネットへのアクセスの方法が分からない、といったことが、情報化時代において新たな差別を生むのではないか、ということだ。
しかし、IT技術が本来目指すべきことは、ユーザーに対してIT技術のリテラシーを求めることではなく、誰もが簡単に使えるような技術を開発した上で、本来の意味でのリテラシーを高めるために役立つことではないか。
一言で述べれば、
「ITのためのリテラシーではなく、リテラシーのためのIT」
ということになる。
http://www.kobysh.com/tlk/standardization/200103-Unesco.html
「行動や態度で察してください。調子はいいとも駄目とも答えられないんだから、それを聞くのはルール違反」
(イチロー、WBC韓国戦の3安打で復調宣言を期待した記者会見にて)
同国軍のパレスチナ自治区ガザ攻撃で約1300人の死者が出た直後だけに、受賞辞退を求める声も出ていたが、村上さんは受賞スピーチで「作家は自分の目で見たことしか信じない。私は非関与やだんまりを決め込むより、ここに来て、見て、語ることを選んだ」と述べた。
– エルサレム賞の村上春樹さん「ここに来ること選んだ」 : 文化 : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)秀歌連発のホームレス歌人へ 「連絡とれませんか」
2009年2月15日20時22分
朝日歌壇に「ホームレス・公田耕一」と名乗る歌人が現れた。昨年末以来ほぼ毎週入選を重ねている。経歴も年齢も不明だが、投稿数に比例して“気になる存在”度は高まるばかりだ。
初投稿で初入選したのは08年12月8日掲載の〈(柔らかい時計)を持ちて炊き出しのカレーの列に二時間並ぶ〉。冒頭は、ダリの時計の絵を連想させる。
4人の選者のうち佐佐木幸綱、永田和宏両氏が「真に迫る、知的な歌」と注目した。投稿には「住所明記」の規定があるが、「住所という存在証明を持たないホームレスという立場は実際にある。排除すべきではない」と、選者の考えが一致した。住所表記は(ホームレス)にすることになった。
入選歌は12月22日掲載の〈鍵持たぬ生活に慣れ年を越す今さら何を脱ぎ棄(す)てたのか〉、1月5日は〈パンのみで生きるにあらず配給のパンのみみにて一日生きる〉ほか一首。19日、〈日産をリストラになり流れ来たるブラジル人と隣りて眠る〉。26日の〈親不孝通りと言へど親もなく親にもなれずただ立ち尽くす〉は3氏が選んだ。
投稿はがきの消印は「横浜」。本日付の歌壇欄に掲載の歌には、寿町や長者町の地名が詠まれている。
選外の作品からも人物の輪郭が見えてくる。〈ホームレス襲撃事件と派遣村並ぶ紙面に缶珈琲(コーヒー)零(こぼ)す〉や〈美しき星座の下眠りゆくグレコの唄(うた)を聴くは幻〉。野宿の日もあるのか。今の境涯に対する自嘲(じちょう)も見える。〈百均の「赤いきつね」と迷ひつつ月曜だけ買ふ朝日新聞〉。朝日歌壇は原則、月曜朝刊掲載。カップ麺(めん)を我慢しても歌を取る姿が浮かぶ。
歌壇係には、ホームレス歌人を思う歌や、「短歌を拠(よりどころ)に生きぬいて」などの励ましが寄せられているが、(ホームレス)では、これらの厚意を届けることができない
だが本当に勝ち組を制裁したいのなら、秋葉原ではなく、例えば新興富裕層の象徴たる六本木ヒルズをターゲットにすべきではなかったのか。秋葉原に集まるオタク文化の担い手たちは、決して勝ち組の代表とはいえない。秋葉原とはサブカルチャーの発信地であって、リアルな社会において自己実現できない人々が、幻想的な文化を作り上げる拠点とみなされている。オタク文化の本質とは、アニメ少女で代償機制を働かせる現実逃避型の欲望であって、現実の社会を謳歌する勝ち組の文化とは、異質なものではないか。
– 橋本努「思想テロとしての秋葉原事件」