「剣岳 点の記」を観てのきわめて短い感想
久しぶりの映画館。
カメラ出身の監督だけあり、山々の描写が美しい。
この映画のコピーとして幾つかの言葉が並べられている。例えば、「誰かが行かねば、道はできない」、もしくは、「人がどう評価しようとも、何をしたかではなく、何のためにそれをしたかが大事です。悔いなくやり遂げることが大切だと思います」、など。
でもこの映画のメッセージはそれらの言葉にあるのではない、と僕には思える。
まさしくカメラ出身の監督だけあり、カメラワークにこそ、この映画のメッセージはあると思うのだ。
映画のカメラワークは、山の内と外では違っている。山の内では、山々の自然の壮大さ美しさ、そして人間の小ささがでている。山の外、つまりは社会では、屋内での撮影が多い。
また、人に対しても、山の内では謙虚さが映し出され、山の外では感情が面に現れる。
映画の終わりに、測量隊と山岳会はお互いにエールを交換する。そして互いに仲間であることに気がつく。そして終演。スタッフ紹介のテロップが流れるその先頭には「仲間たち」と書かれている。
自然の中で、人間は謙虚になる。そしてその中で、互いに競い合う者たちは、敬愛の情を抱く。これらカメラワークによって、そういうような印象を観客たちは感じることだろう。
ただ当然のことながら「仲間」には、陸軍の上司たち、新聞記者、立山信仰の村の人たちは含まれてはいない。「仲間」に「みんな仲間」などという線引きはありはしない。
この映画についてはもう少し自分の中で整理が必要と思っている。そのうちにブログに書くかもしれない。
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POSTED Sunday August 2nd